和歌山なんとかしちゃらなあかん

和歌山を大いに盛り上げるためのブログです。

学生時代にカフェをつくった話

どうも。

今日は、なかなかヘビーなお話です。

学生時代にカフェをつくりました。
ある意味、起業ともいえるのかな。

 
結果は、失敗。
カフェを開いて、半年くらいお店をやって閉店。

僕を含め、ほとんどのメンバーが、
カフェをつくるということで満足してしまいました。

結果、お店がオープンしてから、メンバーがへっていき、最終的には閉店という結論になっていったのだと思います。
 

 

以下の順でお話しいたします。

 

  1. 概要
  2. 印象に残っていること
  3. うまくいかなかった原因
  4. その後、現在



1. 概要

僕は、途中でやめてしまったので、
どのように閉店をむかえたのかは詳しくわからないですが、この流れですすみました。

  • 2012年1月 メンバー集め、プロジェクト開始
  • 2012年2月〜5月 コンセプト決定、資金調達、店舗場所決定
  • 2012年6月 内装施工、オープン準備
  • 2012年6月23日 オープン
  • 2012年12月〜2013年3月ごろ 閉店



僕の立場は、
共同経営者と店のデザインの責任者でした。

共同経営者は、要するに、メンバーは20名ほどいて、
全員が大学生でした。

運営は学生でしていましたが、
経営者の方のアドバイスやサポートを得ながら、
店舗の施工業者を紹介してもらいながらお店をつくっていきました。


資金としては、オープンまでに200万〜250万くらい必要だったと思います。


貢献度と年齢と仕事の出来で、
なんとなく発言力の差が生まれました。

僕は、あまり発言力はなくて、
文句をやいやい言っていた気がします。


こんな感じのお店でした。

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2. 印象に残ってること

 

 

印象に残ってるエピソードをお話ししておきます。


◾️2週間でお店はつくれるのか



・2012年6月 内装施工、オープン準備
・2012年6月23日 オープン

 

と書きました。

まあ、6月1日からスタートとして、3週間ありますね。

ですが、えー、

解体工事とか、床貼り工事とかがありまして、
内装をつくるのに与えられた時間は、

2週間しかありませんでした。

案件によるとは思いますが、1カ月〜2カ月というのが相場なようです。
でも、2週間。

素人だけど、2週間。


ここからのスタートでした。

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大変でした。
大学の授業は、ほぼ出てなかったですね。
寝てるか、作業かするか。


そんな感じでした。


 

◾️人を値踏みすること


意識高い学生が通る道かと思うのですが、

こういうことをやっていていたので、
大学界隈、起業家界隈のいろんな集まりに顔を出していました。

で、まあ、参加する人はみなさん、
それぞれの思惑をもって参加するわけですね。
ちょっと挨拶から入って、自分にとって役に立つか、価値があるかをふるいにかけます。


答えがノーであれば、「では失礼」とか、
無視されてたりして、会話が終了しましたね。

自分も、それに近いようなことをしていたと思います。
ビジネスですから、多少は、起こり得ることですが、露骨にするのは、あれだなと思います。

そんな感じで、選別されて傷ついたことも、
選別していた、自分の気持ちも忘れず、自戒ですね。

 

人望って大事。
神保町。

 

 

◾️友達と働くということ

 
けっこう友達も一緒にやってました。

人に対して、遠慮をしてしまう友達とは、あまり一緒に働くのはよくないなと思いました。
そういう子は、友達であるから、言いたいことを言えずに抱え込んでしまう傾向にありました。

普段から、冷たさがあるというか、自分を持ってるというか、はっきり言えるタイプの人間とは、一緒に仕事もできるんじゃないかなと思いました。

あとは、意見があってない時は、しっかりと直接会って、話し合う場をつくるのが大切だなと思いました。メールやテキストベースでけんかをしても、嫌いになっていくだけなので。

 

 

◾️お金の問題

お店を開店させるまでに以下の資金がありました。

①書面化した返済されない出資金
②みんなでバイトをして貯めた資金
③緊急で補填した出資金




①と②については、みんな納得して払ったお金でした。

で、問題は、③。

ある日、5日後までに(正確な日付の記憶は曖昧)必要で、それがないとお店がオープンできないという状況が発生し、みんなの「志」で払える人が出せるだけ出しました。
なので、人によって出したお金もバラバラでした。

返すと言われていたものの、口頭ベースだったし、
その後のオープンしてからも経営状態がよい状況ではなかったので、うやむやになりました。

 

やっぱりお金はもめます。

 

 

 


3. うまくいかなかった原因

と、まあ、ちょっとしたエピソードでしたが、
なぜカフェがうまくいかなかったのでしょうか。 


運営していく中で、以下のような問題が起きました。

 

  • 20人が、営業、経理、広報、デザイン、メニューと部署に分かれてたことによって、部署の仕事だけをすればいいという風潮、セクショナリズムになってしまった
  • イデアを出たり、提案がしにくい組織風土になってしまった
  • 料理のスキルが全体的に低かったし、向上することもできなかった
  • イベントスペースを企画しても、人を集めるというのがうまくできなかった

で、これらの問題の背景には、
根本的な原因として、

  • メンバーそれぞれが責任感を持ってやりきることができなかった
  • メンバー同士の信頼関係を築けなかった
 
というのが僕が考察ですね。

自分に関していえば、

責任感については、
この時期までは、一生懸命やって、
状況が変わらなかったらやめると決めていました。

なので、自分の中では、責任を果たしたつもりですが、周りからみれば、急に消えたので、逃げたようにみえます。

信頼関係については、
状況がわるくなったときに、
自分から歩みよれなかったことで、
みんなとすれ違いが起きていったように思います。





学生だけで、うまくいっている例もあるので、
参考までに






 

4. その後、現在

 

 

 
 

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今もFacebookページに訪問があります。
たまにいいねが付きます。
新メンバー募集というままです。
 
元メンバーに会った時に、
当時の話を聞いてみると、
いい思い出にしている人もいれば、
思い出さないようにふたをしている人もいます。
 
僕の場合は、
ふたをしてる派で、
忘れるようにしていた。

当時の写真や、資料をみかえすと、
もう、4年も経ってるのに、
なんだか落ち込みます。

メンバーの同窓会が開かれることがありますが、
どことなく後ろめたさがあります。
いい思い出にするには、人に迷惑をかけたなと思うんです。
今をしっかり生きていくことは大事なんだけど。

 

 

なんともコメントしにくい、
味気のよくない思い出であります。

そんなところです。
それでは