和歌山なんとかしちゃらなあかん

和歌山を大いに盛り上げるためのブログです。

良い経験ってなんだろう

「良い経験してるね」

ってよく言われます。

20代で、ドバイで働く日本人、なんらやかんやら。

 

自分でもなかなかできない経験をさせてもらっているとは思っているので、

否定は特にするつもりはないのですが、

 

 

「良い経験している」と本当によく言われると、

「本当にそうなんだろうか…」

と性格上、疑ってしまうところがあります。

これは良い性格をしているとは思ってません。

 

 

実際に疑ってしまうと、

例えば、塞翁が馬ということわざがあるように、

今の経験がこの先、どのように自分の人生に影響するのかわからない。

 

あるいは、これはどちらかというと、

悪いことがあった時によく使われる言い回しですが、

出来事そのものではなく、それを自分がどう捉えるかによって見え方が変わってくる。

悪い側面をみれば、この経験は悪く見えてくるのです。

 

じゃあ「悪い経験」ってなんだろうと、考えたときに、

「悪い経験した」っていう言い回しは使ったことはないですが、

 

戦争、病気、ひきこもり、

ケガ、事故

不親切、長時間待たされる、

 

自分の身によくないことが起きたり、

時間の無駄というとか、

今後の自分に悪い影響を与えるという側面があるのではないでしょうか。

 

そういう意味で言うと、

「良い経験」とは、今後の自分に良い影響を与える可能性がある出来事ともいえるのでしょうか。

 

「悪い経験」で上げた例でも、

病気になったから、人生に対して前向きになる場合もあるし、

無駄に待たされた経験から、よいビジネスモデルを着想する人もいるし、

 

捉え方次第ともいえる。

 

じゃあ、なんで「良い経験」と判断されるのか。

 

僕がしている経験をいくつか挙げると、

英語を使う職場、

背景の違う人たちのコミュニケーション、

自分の(日本の)常識を疑う、柔軟性。 

 

まだまだこれから出てくるのでしょうし、

もっと他にも気づくべきなのでしょうけど、

わかりやすくいうとこんな感じ。

 

それらが今後の自分の人生に何かしら良い影響を与える可能性があると判断されるのでしょう。

 

 

とはいえ、

その一方で、

経験という言葉には、いろんな要素が含まれてるし、

はじめから、最後までを経た結果や効果みたいな意味があるようです。

抽象的ですよね。

 

英語ができるようになることはわかりやすいスキルではありますが、

 

背景の違う人たちのコミュニケーションや自分の(日本の)常識を疑う柔軟性というのは、具体的な能力ではないと思います。

 

でも、まあ、

この頃思うのですが、

多くの仕事に必要な能力というのは、僕が営業とかそのような仕事をしているということもありますが、

 

具体的な能力ではなくて、

 

正確性、時間管理、

判断力、交渉力、コミュニケーション能力、思いやり、ヒアリング能力、

資料作成能力、エクセルの使い方

ITの知識、Adobeのソフトが使える

 

みたいな、いろんな能力の集合体、総合力なのだと確信しつつあるので、

良い経験が今後の自分に生きてきてくるのかなと思います。

(とてもこじつけ)

 

 

良い経験についての考察でした

それでは