和歌山なんとかしちゃらなあかん

和歌山を大いに盛り上げるためのブログです。

2015年もあと半分

こんにちは。2015年も折り返しましたね。

今年の目標とかどっかに置いてきてしまってませんか?

正月にみんなこぞってFacebookに書くので、自分もやってみるのですが、だいたい特に気にすることのないまま、その年を終えてしまいます。


だが、なぜか、今年は思い出した。

 

tannyday.hatenablog.com

 


「簡素」

いつまでも本を読んでいるんじゃない‼︎と自分をしかいつけたのですが、最近、とても本を読んでいます。

その当時は、仕事が忙しいので、自由に使える時間がなくて、炊事・洗濯のようなことに使うべき時間を読書に当てていたという自分に対する批判があったと思います。


あとは、なかなか自分の興味の外に出て何かをしようとしてこなかったから、思考も行動も同じようなところをぐるぐると逡巡していたことへの危機感があったのだと思います。「逡巡」って使ってみたかっただけです、笑



「簡素」に自分の考えや、周りのものをまとめるという癖はついてきたと思います。

あれ?今年の目標達成?今年終了ですか?


さて、今後。

ちょっと自分が最近何に興味があるのか、何がしたいのか、わからなくなったりするので、

言語化しときますね。


①安保法制の行く末?

6月下旬に憲法学者が、安保法制を違憲といったので、すごいことになりましたね。
最近、熱が落ちてきてる印象。自分がテレビを見てないだけかも。

日本の国家像が問われてますね。
憲法改正でいうと、個人的な意見としてはどっちつかずなところがありますが、
国民投票で決めたいですね。

政治の議論っていろいろと論理を戦わせるものだと思っていたのですが、
意外とゴリ押せるものなんだなあ、とここ数年感じます。



②なぜ、英語を仕事で使いたいのか。あるいは、なぜ、国際的に働きたいのか。

最近、仕事で海外とのやりとりで、英語を使うこともあり、意識的に、洋書を読んだり、日記を英語で書いたりしてます。でも話すことが圧倒的に不足しがちな、栄養素。

そんなことをしていると上の疑問がわくわけです。回答をちゃんと出したいです。

自分もそうなのですが、世の中には一定層そういう人がいます。なぜ彼らは手段でしかないのに、それらに憧れを抱くのだろうか。

雇う側からすれば、ちょっと理解に苦しむことがあると思います。

英語を使えるというスキルが圧倒的にわかりやすくて、それ以外に自分をうまくアピールできないのかなとか今のところ考えています。

たぶん、能力というのは、わかりやすいものばかりではないのかな、とも思うのですが…


④30歳に向かってのこうありたい像。

プランナーとか、企画をつくる関係に近づいていきたいなと、この頃は思います。

世の中とか流れとかお客さんの環境とか、情報を整理して何か作ったり、意思決定していくということに魅力を感じます。

先ばっかり考えんと、目の前ちゃんとこなせ感はあるのですが、ぼちぼち将来像とかもたまには考えた方がいいかなと感じてます。


⑤野菜の成り立ち。

いろんな野菜を食べてますが、意外にどこの世界へ行っても似たようなものを扱っていたりするので、なんでだろうとふと思ったので、野菜の歴史が気になります。ニンジンはどこの国が原産で、いつの時代に日本にやってきたのか、とか。

たぶん、そこから世界史への関心にいたりますね。





ちょっと文章を書こうとすると、ビジョナリーになる輩な自分がなんか悔しいですね。

ビジネスマン的な思考というか、そんなことばっかり考えてて幸せかい?とかね。

休日くらいさ、もっとのんべんだらりと、心豊かに暮らしなさいよ、と思うのですが。


それでは