和歌山なんとかしちゃらなあかん

和歌山を大いに盛り上げるためのブログです。

諸行がおもっていたよりも無常だったことについて

実家にかえってみました。

実家を出て6年目。感じ方が変わってきました。



前までは、ここは変わらないなという安心感がありました。
自分が生きてきた環境を、あれこれと懐かしんでいました。

父親は酒呑みで、母親は何もしゃべらないけど、自分がいると楽しそうにしている。
おじいちゃんとおばあちゃんとは、外食をする。海外旅行の話をしたり、カープの話をしたり、親戚や近所のだれかれの話をする。

いつもこんな感じ。あいかわらずだなーという感想をもって、自分はいま住んでいる土地へと戻っていくという変わらない帰省をしていました。



ところがです。今回は、違いました。



やたらと、変わってしまったものに目がいってしまったのです。

駅の電光掲示板、新しいスーパーできること、子ども頃にいった服屋の閉店。
幼いと思っていた近所の子が高校を卒業した、誰かれが試験に落ちた。誰かれがうつになった。誰かれの息子が自殺をした。

確かに、この田舎は自分が育った土地であるのは間違いないが、自分の知っているものではなくなってしまった。変化に目をそらすことができなくなってしまった。かわってしまったことを気づくほど変化してしまった。

たぶん、このまま行くと、この土地で育ってきたことを持ち込んでも意味をなさないと思います。
思い出と家族以外に、この土地と自分をつなげるものがなくなっていくからです。
自分はどこでもない存在になっていくのかもしれません。


生きるって思ったよりいろいろあって、思ったよりいろいろと変わっていくんだなぁ、と。


そう感じた出来事でした。
おしまい