行動を変えてみると、

新しい生活というものは、準備が万全でないままにはじまり、やらなくちゃいけないことを溜めたまま進んでいきます。これでこうすれば大丈夫なはず、という事前に描いていたどんぶり勘定はもろくも崩れさっていきます。そうやって、僕の新生活も二週間が過ぎました。

これは縮図なのかなと思います。残したものを抱えながら生きるこそが人生という。

自分のやりたいこと、自分のしないといけないことだけをしていれば、早く片付いたと思います。事情というか、生活のルールをすこし変えてみたので、今のような込んだ時間の流れが発生しているのだと思います。

これまでは、どっちでもいい時は行かない、というルールだったものを、
これからは、どっちでもいい時は行きます、というルールに変えました。

社交を任意から義務に変えたとも言えますね。

社交をすることは、あるいは、人と話すことは、自分にはない情報を、自分の中に取り込むことで、自分のベクトルをすこし変えるきっかけになる(可能性がある)という意味では大切なことです。

けっこう、行動のルールを変えることで、性格が変わると思っています。

そういった意味では、立ち位置、ポジションが変わることでも性格が変わるとも思っています。

根本的に性格は変わらない人もいるかもしれないですが、行動のルールや立ち位置を変えることは確実にそれまでと言動が変わることになります。形を変えると言えますね。形が変わるとどうしても、中身が影響されてくるんじゃないでしょうか。

習慣や癖になるってことですかね。

要すると、僕の場合は、最近社交的なルールに変えたことによって、行動が社交的になり、なんとなく考え方も変わったような気もします。そうやって、自分の物事の見え方を変えることが人生の楽しみ方の一つだったりします。

たのしいけど、何になりたいのだろうね。


ではでは