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和歌山なんとかしちゃらなあかん

和歌山を大いに盛り上げるためのブログです。

本を読むことについて

こんにちは。

 

いつもは、タブレットから記事を書いているのですが、今日は、PCから書いています。けっこう、予想変換に使う言葉が左右されるので、文章の印象が若干変わるかもしれません。

 

ボクは、本を読むことが好きなのですが、どうも時間をとられてしまって、結局、生活のほかのことがおろそかになってしまうことがよくあります。

 

本は、何のために読むのでしょうか。

 

高校時代に、本をたくさん読み始めたのですが、当時は、自分がいかにものを知らないか、ということを読めば読むほど感じたので、どんなジャンルでも読もうという風に意識していました。

 

特に、自分とは無縁そうな、数学や物理の本を読んでいました。

 

あとは、東野圭吾とか、流行の小説や、夏目漱石の「こころ」とかを読んでいましたね。先日の、何回も味わっているコンテンツについてはこのころに原点がありますね。

 

そういう10代のころの体験というのは、その後の人生もずっと影響してくるものなのでしょうか。

 音楽の趣味もそうですし、外国語が好きなのもそうですし、人の趣向は、10代から根本的に変えることができるのでしょうか。最近、そういうふうにぼやっと思いました。

 

少なくとも、同じコンテンツに何回も触れている限りは、同じ自分から抜け出せないような気がします。別に、今の自分がきらいというわけではなくて、

この先の人生を考えたときに、10年、20年たっても、同じようなことを考えているのは、なんだかつまらないとボクは思ってしまうのです。

 

みなさんはどうでしょうか。

 

 

話がそれましたね、本を何ために読むのかってことですね。

今の話と関連付けるのであれば、「自分の世界観を変えるため」ということがいえるのではないでしょうか。

 

言いかえると、新しい情報に触れることによって、自分の物事に対する認識を変化させて、その結果、自分の世界観が変わっていくと思います。

 

世界観を変えていくのは、世の中をできるだけ正確に把握するため、とも言えますし、世界観を変えることがわたしの中でとても楽しいことだから、とも言えます。

 

いや、「世界観を味わうため」の方が正しいですね。同じコンテンツを見続けることによって、世界観を変えることは出来ないですからね。これが結論ですかね。

 

そういう意味で、ボクは「ノルウェイの森」や「こころ」の世界観を味わうことが好きなのでしょう。

 

そして、本に限らず、映画でもアニメでもいいのかもしれませんが、想像しながら世界観を楽しむことがすきなのか、本との相性がいいから、ボクは本を読むことに多くの時間を割いてきたのでしょう。

 

おしまい